2011年11月13日日曜日

ロジカルシンキング: 帰納・演繹・アブダクション


ずっと更新しないでごめんなさい.


今日は,ロジカルシンキングについて書いておきます.


現在の修士の学生さんの中で,論理的に思考や文章を展開するのが極めて苦手な方がいます.


そういう人に限って,他人の非論理性はとても気になっているようにも見えます.


科学的な発見や,論証は,ロジカルシンキングの基本である推論による論理展開で実現されてきました.


科学とは、観察で得られた証拠にもとづき、
人間、社会、自然の現象を原理的に説明する仮説の体系です。
仮説には、法則や公理などの理論があります。
科学の体系は、仮説実証法によって組み立てられます。

仮説実証法のプロセスが研究には必要不可欠なのです。


研究には,この論理的推論力が必要です.
「しかるに,自分の主張は妥当性がある」というとき,
それが,論理的に成立しているかどうかは,
帰納的,演繹的,アブダクション的のいずれかで成立しているかどうかです.






「だって,わたしはそう思うもん」的主張に出くわし,オタオタすることが最近多いです.


そこで,今回レビューしておきます.


情報システム学会のメルマガに芳賀正憲氏がとてもわかりやすく解説されていますが,
ここでは,もっと優しく書きます.


公理等の規則と,事例から結果を導きだす推論が演繹
これは簡単ですよね.


事例と,結果から規則を導きだす推論が帰納
これもちょっと考えたらすぐわかる.


で,何かを思いつく,発見的な推論が,アブダクションです.
規則と結果から事例を導きだす遡及的推論型・仮説形成型の推論ということになります.


演繹,帰納,アブダクションの順でもう少し詳しく振り返りましょう.
有名な三段論法が,演繹の代表ですよね.



人間は死ぬ            :規則
ソクラテスは人間である。   :事例
よって、ソクラテスは死ぬ   :推論結果


修士研究のテーマ発表をきいていると,演繹のつもりで,
実はまったくはちゃめちゃな論旨展開をしている例を多く見ます.

問題は出発点である公理等の規則です.
普遍性の高い公理から出発している議論であれば問題ないのですが,
事例から出発しているのに,演繹的展開するストーリーが多いのです.

具体的には.
「わたしはこういう経験をしました.(チャライのは桂太)」
「僕はこういう経験をしました.(晃平はチャライ)」
よって,晃平は桂太である :?????

こんな論理展開です.
こう書くと,まったくおかしな推論であることがわかりますが,
結構みなさん修士研究ではやっちゃっています.


先頭にくるものは,普遍性や規則性の極めて高い”事実”です.


誤解しないでくださいね.
特定の事例から,議論が出発し,意味のあるやり取りや問題解決への展開って重要です.
例えば,ニュースの報道とそれに対する解説や論評です.

ただ,これは”研究”ではないのです.

研究と,解説や論評は,論理展開が異なります.

それらをごっちゃにしている修論発表をよく目にします.



では,帰納.

ソクラテスは人間だった。   :事例
ソクラテスは死んだ      :結果
よって,人間は死ぬ      :規則発見

これをみるとわかるように,
ひとつの事例では,
結果に照らして普遍性のある規則が生成されるとは限らないことがわかります.
じゃぁいくつ事例があれば,規則は有用性があるか.

この議論は,確率統計の最もベースになるものです.

人工知能研究における,machine learning algorithmでも,
結果に対し 検定を行います.



そして,
アブダクション.

日本語でなんて言うのか,わたしは知りません.

deduction, induction, abduction です.


人間は死ぬ:規則
ソクラテスは死んだ:結果
ソクラテスは人間だった:事例発見

これは,わかるように,他の要素(規則や結果)追加すると
発見結果の信用性が危うくなります.

あくまでも”仮説(hypothesis)”生成器であることがうなづけます.
したがって,検証する必要があるのです.


さて,演繹はアリストテレスで有名ですが
アブダクションは,アメリカの数学者(哲学者、記号学の確立者、数理論理学の先駆者)、
パースが、提唱しました.

人間の推論思考を数学式で表現できるようにしたのです.
わたしは,鳥肌が立ちました.

で,彼が主張するところによると
帰納も演繹も実はアブダクションにもとづいたもので、
3つの推論方法は本来は総合的にはたらきものだということ.
何かを発想したり、思考を始めるときには先ずアブダクションをし、
仮説を形成しながら推論しているとしました。
つまり,上記の事例発見である「ソクラテスは人間だった」を形成し,
またべつの仮説を形成し,
それをくりかえしてものを考えているということです.

しかもアブダクションは、東洋の思考法に多く見られる傾向があるとも主張しています.

システムシンキング,論理思考という看板を掲げる前に,
まず,その主張,ほんとに論理的ですか?

いったん立ち止まって確認してみましょう.

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